2026年度前期のNHK連続テレビ小説「風、薫る」は、すっかり話題になっていますね。 明治という激動の時代を舞台に、近代看護の礎を築いた女性たちの姿を描いた素敵な作品です。 見上愛さんが熱演する主人公の一ノ瀬りんは、ドラマチックな展開と持ち前の行動力で、たくさんの視聴者を魅了しています。
「明治のナイチンゲール」大関和とは?

この一ノ瀬りんには、実在する素晴らしいモデルがいらっしゃいます。 その人物こそが、「明治のナイチンゲール」と称される大関和(おおぜきちか)さんです。 大関和さんは、日本で最も早い時期に正規の教育を受けた看護師のお一人です。 正規の教育を受けた看護師のことは、当時はトレンドナースと呼んでいました。 大関和さんは、今の医療現場につながる衛生管理や、専門職としての看護のあり方を確立した偉大な先駆者です。
特権階級からの激動の転落劇
ドラマの中で一ノ瀬りんは、元家老の娘として登場しますよね。 モデルである大関和さんも、幕末の安政五年に下野国黒羽藩の国家老の家に生まれました。 幼少期は、何不自由ない特権階級の暮らしを送っていたそうです。 ですが、藩主の急死に伴うお父様の失脚、さらには明治維新という時代の大きなうねりの中で、大関和さんの人生は一変します。 家禄という武士の収入を失い、絶対的な貧困へと転落してしまいました。 大関和さんの波乱万丈な生涯は、そのまま朝ドラのヒロインの物語として通用するほどの劇的な要素に満ちています。 この史実が、「風、薫る」の物語に深いリアリティと歴史的な重みを与えているのですね。
特権階級からの没落と過酷な結婚生活の真実

大関和さんの人生を語る上で、最初の過酷な結婚生活は絶対に外せません。 「風、薫る」の劇中では、三浦貴大さんが演じる奥田亀吉との冷酷な婚姻関係が描かれました。 あの描写は、視聴者に強烈な衝撃を与えましたね。
資産家との結婚の裏にあった屈辱
史実における大関和さんも、没落した実家を支えるために結婚を選びました。 十八歳で、年の離れた資産家の元黒羽藩士、渡辺福之進さんと結婚しています。 当時としては、非常に恵まれた縁談に思えたことでしょう。 ですが、夫の渡辺福之進さんにはすでに複数の妾が存在していました。 大関和さんにとっては、とても屈辱的な生活が待ち受けていたのです。
「六郎」事件と自立への決断
最大の悲劇は、大関和さんが待望の長男を出産した際に起こりました。 なんと、夫がその子に「六郎」と名付けたのです。 妾たちとの間にすでに五人の男児がおり、正妻である大関和さんの子供が「六番目の男」として扱われたことを意味していました。 当時の社会において、裕福な男性が妾を持つことは法的に容認されていました。 ですが、家老の娘としての誇りと強い自立心を持っていた大関和さんは、この状況を決して許容できませんでした。 大関和さんは長女を出産した後、周囲の猛反対を押し切って離婚を決断します。 子どもを連れて婚家を飛び出すという、当時としては信じられないほどの行動力です。 この「自分の人生を生きる」という主体的な選択こそが、後の近代看護への道を切り拓く第一歩となりました。
離婚の決断から英語習得、鹿鳴館での通訳時代へ
離婚を成立させ、実家に戻った大関和さんは単身で上京します。 女性が自活することの難しさに直面することになります。 そこで大関和さんが武器として選んだのが、なんと英語でした。
キリスト教との出会いと心の救済
大関和さんは、外交官の家で女中として働きながら「正美英学塾」に通いました。 必死に語学の習得に励む中で、植村正久牧師と出会い、キリスト教の教えに触れることになります。 一夫一婦制を説くプロテスタントの教理は、大関和さんの心を大きく救済したと言われています。 前近代的な家族制度によって、大関和さんは深く傷ついていたのですね。
鹿鳴館での華やかな活躍と史実の再構成

語学力を身につけた大関和さんは、やがて鹿鳴館でのチャリティーバザーを手伝う機会を得ます。 そこで大関和さんの流暢な英語対応が、大山捨松さんの目に留まりました。 大関和さんは、鹿鳴館での通訳という華やかな仕事へと導かれました。 「風薫る」のドラマ内では、もう一人の主人公である大家直美が鹿鳴館で働く姿が描かれていますね。 ですが、史実においてこの鹿鳴館時代を経験していたのは、一ノ瀬りんのモデルである大関和さんの方でした。 このような史実のダイナミックな再構成が、物語をより魅力的なものにしていますね。
看護婦への偏見を打破し鈴木雅と共に歩んだ道
鹿鳴館で活躍していた大関和さんに対し、植村牧師は「トレンドナース」への道を強く勧めます。 大関和さんは最初、この提案に激しい拒絶反応を示しました。
「卑しい職業」からの意識の転換

当時の日本社会において、看護婦は学問のない者が就く卑しい職業とみなされていました。 家老の娘としてのプライドを持っていた大関和さんにとって、受け入れがたいものだったのです。 ですが、看護はキリストの愛に適う崇高な行いであるという熱心な説得を受けます。 大関和さんは二十八歳にして、桜井女学校附属看護婦養成所への入学を決意しました。 ここで出会ったのが、「風薫る」で上坂樹里さんが演じる大家直美のモデルとなった鈴木雅さんです。
制度改革と専門職への飛躍
養成所を卒業した大関和さんは、帝国大学医科大学第一医院で外科の看病婦取締に就任します。 ですが、前近代的な医療現場の惨状と男性医師たちとの軋轢に苦しみ、職場を去ることになります。 その後、新潟県の知命堂病院で赤痢の防疫対策などに尽力されました。 東京に戻ると、鈴木雅さんが設立した「東京看護婦会」に合流します。 お二人は固い絆で結ばれ、無資格の看護婦が社会問題化する中で、一定の教育と資格制度の確立に向けて猛烈な運動を展開しました。 その結果、全国に先駆けて看護婦規則が制定されました。 看護という仕事は、国家に認定された専門職へと飛躍的な地位向上を遂げたのです。
ドラマ「風、薫る」のバディと史実の交錯

「風薫る」の最大の魅力は、なんといってもお二人のバディ関係ですよね。 見上愛さんが演じる一ノ瀬りんと、上坂樹里さんが演じる大家直美という、出自の全く異なるお二人の掛け合いから目が離せません。
異なる境遇が生む衝突と気づき
一ノ瀬りんは、恵まれた環境で育ちながらも家老の娘という無自覚なエリート意識を持っています。 大家直美は、孤児として過酷な労働環境を生き抜き、独学で英語を身につけました。 劇中での一ノ瀬りんと大家直美の激しい衝突は、当時の社会資本の格差やコミュニケーションの断絶を浮き彫りにしています。 特に、相手の境遇を理解できずに一ノ瀬りんが放った強烈な罵倒シーンは、現代の視聴者にも多くの議論を呼び起こしました。
史実を超えたメッセージと感動
史実においては、栃木出身の大関和さんと静岡出身の鈴木雅さんが養成所の同期としてバディを組んでいたわけではありません。 ですが、ドラマは大関和さんと鈴木雅さんの要素を絶妙に織り交ぜています。 女性の職業的自立が極めて困難だった明治時代に、お二人が共に手を取り合って新しい道を切り拓いていく姿を見事に描いています。 大関和さんという一人の女性が持ち合わせていた、不屈の精神。 時に周囲とぶつかり合いながらも信念を貫いた生き様。 それらは見上愛さんの瑞々しい演技を通して、今を生きる私たちに強い勇気と感動を与え続けていますね。
