こんにちは。
節分の時期になると、スーパーやコンビニの店頭が大量の太巻き寿司で埋め尽くされますね。これを見て「あれ?子供の頃、こんな習慣あったっけ?」と首を傾げたことはありませんか。実は、恵方巻きが昔はなかったという感覚は、多くの人が抱いている共通の疑問なのです。ネット上では「恵方巻きは嘘の伝統ではないか」「企業の陰謀ではないか」といった言葉すら飛び交い、その由来や急速な普及の背景に関心が集まっています。私自身も、関西出身ではないため、このブームに少しばかりの違和感を覚えていました。そこで今回は、なぜこれほどまでに恵方巻きが全国に広まったのか、その歴史と商業的な背景について、私なりに調べてみたことをお話しします。
- 恵方巻きが「作られた伝統」と言われる歴史的背景
- セブンイレブンなどのコンビニが果たした普及の役割
- 地域による温度差と現代の消費行動の変化
- 食品ロスなどの社会問題とこれからの楽しみ方
恵方巻きが昔はなかったと言われる起源や歴史

「昔はなかったはずだ」という私たちの直感は、ある意味で正解であり、ある意味では不正解でもあります。ここでは、恵方巻きという文化がどこから来て、どのように形を変えていったのか、そのルーツを辿ってみましょう。
恵方巻きは嘘の伝統という噂の真相
インターネットで検索すると「恵方巻き 嘘」というショッキングな関連ワードを目にすることがあります。これは、恵方巻きがあたかも「日本古来の全国的な伝統行事」であるかのように振る舞っていることへの、世間の反発心の表れかもしれません。
実態としては、「全国的な伝統」としては嘘(または誤解)ですが、「局地的な風習」としては事実というのが正確なところです。私が調べた限りでは、この習慣が全国規模で認知され始めたのは平成に入ってから、特に1990年代後半以降のことです。つまり、昭和生まれの多くの人にとって「子供の頃にはなかった」というのは、記憶違いではなく紛れもない事実なのです。
しかし、全くのデタラメかというとそうではありません。大阪を中心とした関西の一部地域では、戦前から節分に巻き寿司を食べる習慣が存在していました。それが現代のマーケティングによって、急速に「国民的行事」へと化粧直しされたのが、現在の恵方巻きの正体だと言えそうです。
大阪の花街が発祥地という説の真偽

では、そのルーツはどこにあるのでしょうか。最も有力とされているのが、大阪の花街(色街)発祥説です。江戸時代末期から明治時代にかけて、大阪の船場(せんば)などの花街で、旦那衆が芸遊びの一環として遊女に太巻きを丸かじりさせていた、というものです。
確実な文献証拠が豊富なわけではありませんが、当時の大阪の商人気質や遊び心を考えると、十分にあり得る話だと感じます。ただ、現在の商業ベースに乗せるにあたって、こういった少し際どい由来はオブラートに包まれ、「七福神にちなんだ7種類の具材で福を呼ぶ」といったクリーンな物語が強調されるようになったのでしょう。
昭和初期に海苔問屋が仕掛けた宣伝

よりはっきりとした記録として残っているのが、昭和初期の動きです。1932年(昭和7年)、大阪海苔問屋協同組合が配布したチラシに、節分に巻き寿司を丸かぶりする習慣についての記述があるそうです。
当時の海苔業界や寿司業界が、海苔の消費拡大を狙って「節分に恵方を向いて無言で食べると幸運が訪れる」と宣伝したのが、現代のルールの原型になったと考えられます。つまり、この時点で既に「商業的なプロモーション」としての側面を持っていたわけですね。「昔からある伝統」というよりも、「昔の商人が仕掛けたキャンペーン」が、長い時を経て再び火がついたと考えるのが自然かもしれません。
関西と関東で異なる知名度と地域差
この習慣の浸透度には、地域によってはっきりとした断絶があります。「昔はなかった」と強く感じるのは、主に関東以北の人たちではないでしょうか。
2009年頃の調査データを見ても、関西での普及率が7割近いのに対し、関東では3割程度という結果が出ていたようです。関西の人にとっては「子供の頃からやっていた普通の行事」でも、関東の人にとっては「ある日突然、コンビニに押し寄せた謎の奇習」として映ったはずです。この地域間の温度差こそが、「恵方巻き 昔はなかっ た」と検索したくなる最大の要因なのだと思います。
習慣として定着したのはいつからか
戦後の食糧難などを経て、一時廃れかけていたこの習慣が再び動き出すのは1970年代です。大阪の海苔問屋などが「節分の丸かぶり寿司」として復活させ、関西のスーパーや商店街を中心にじわじわと広まりました。
しかし、この段階でもまだ「関西ローカル」の枠を出ていませんでした。全国的な定着の決定打となったのは、やはり平成に入ってからのコンビニエンスストアの台頭を待たなければなりませんでした。
恵方巻きが昔はなかったのに普及した背景
一地方の風習に過ぎなかったものが、なぜこれほど短期間で日本中を席巻したのでしょうか。そこには、巧みなマーケティング戦略と、小売業界特有の切実な事情が絡み合っていました。
コンビニのセブンイレブンが広めた役目

「恵方巻き」という名前の生みの親とも言えるのが、セブン-イレブンです。1989年(平成元年)、広島県のセブン-イレブンのオーナーが「大阪には節分に太巻きを食べる風習がある」と聞きつけ、仕掛けたのが始まりとされています。
このネーミングセンスが抜群でしたね。1998年には全国展開を開始し、これに追随するように他のコンビニチェーンやスーパーも参入。一気に「節分=恵方巻き」の図式が完成しました。私たちが「昔はなかった」と感じるのは当然で、全国区になったのはほんの25年ほど前のことなのです。
陰謀論とも検索される企業の販売戦略
なぜ企業はここまで熱心に恵方巻きを推したのでしょうか。そこには「2月の売り上げ不振」という業界の悩みがありました。小売業界では「ニッパチ(2月・8月)」と呼ばれ、消費が冷え込む時期にあたります。
特にお正月とバレンタインの間の2月上旬は、大きなイベントがなく売り上げを作るのが難しい時期です。そこに現れたのが恵方巻きでした。
- おにぎりより単価が高い
- 「その日に食べなければならない」という緊急性がある
- 調理済みですぐ食べられる
これらはコンビニにとって理想的な商材でした。「陰謀」とまでは言いませんが、「閑散期を埋めるための起爆剤」として、業界全体が結託して盛り上げた側面は間違いなくあるでしょう。
過酷なノルマや自爆営業の問題点
ブームの裏側では、悲しい歪みも生まれました。記憶に新しい方も多いと思いますが、コンビニやスーパーのアルバイト店員に対する「販売ノルマ」や「自爆営業」の問題です。
法的に見れば、売れ残りの損失を従業員に負担させることは労働基準法などに違反する可能性が高い行為です。伝統行事という大義名分のもと、働く人に理不尽な負担を強いるような構造は、決して許されるものではありません。
売れ残りの大量廃棄と食品ロス対策
もう一つの大きな影が、食品ロス問題です。恵方巻きは生ものなので日持ちがしません。節分の翌日には、大量の売れ残り商品が廃棄される様子がニュースなどで報じられ、私たちは衝撃を受けました。
関西大学の宮本名誉教授の試算によると、2019年には約10億円もの恵方巻きが廃棄されたと言われています。これを受けて農林水産省も動き出し、業界に対して「需要に見合った販売」を要請する異例の事態となりました。
最近では「完全予約制」にするお店が増えたり、サイズを小さくしたりと、以前のような「山積み販売」は見直されつつあります。私たち消費者も、無闇に当日買いを狙うのではなく、予約をして確実に必要な分だけを買うという意識が求められています。
予約販売への移行や高級化の傾向

大量廃棄への反省から、現在の恵方巻き商戦は「量より質」へとシフトしています。予約販売を基本としつつ、商品自体も多様化しています。
| トレンド | 特徴 |
|---|---|
| 超高級路線 | 大間のマグロや松阪牛などを使用し、1本数千円〜1万円を超えるものも。 |
| スイーツ系 | ロールケーキやクレープなど、子供や魚が苦手な人向け。 |
| ハーフサイズ | 「一本丸ごとは無理」という声に応え、食べきりサイズが充実に。 |
もはや伝統行事という枠を超えて、クリスマスケーキのような「季節のイベントフード」として楽しむ形に定着してきているのを感じます。無理に無言で一本食べ切るルールに縛られず、カットして家族でシェアするなど、楽しみ方も柔軟になってきていますね。
恵方巻きが昔はなかった事実は現代の常識へ
ここまで見てきたように、「恵方巻き 昔はなかっ た」という感覚は正しく、それは平成以降にコンビニを中心に作られた新しい伝統でした。しかし、発祥が商業的なものであったとしても、家族で季節の行事を楽しむきっかけになっているなら、それはそれで素敵なことかもしれません。
大切なのは、企業に乗せられていると斜に構えることでも、無理なルールを盲信することでもなく、その背景にある歴史や課題を知った上で、自分たちらしく楽しむことではないでしょうか。食品ロスに気を配りつつ、今年も美味しい巻き寿司を味わいたいですね。
